普段は中小企業診断士として経営や事業承継に関する話を書くことが多いのですが、
今回は少し趣向を変えて、学生時代の思い出を書いてみたいと思います。
私が大学進学を機に東京へ出てきた今から30年前、
テレビや雑誌でよく見かけていた店がありました。
そう、「ラーメン二郎 三田本店」です。
今では全国的に有名な存在ですが、当時の私にとっては「東京の有名ラーメン店」という認識でした。
せっかく東京に来たのだから一度は行ってみようと思い、三田まで足を運びました。
今と違って券売機等もなく、店主のヒアリングに思わず
「大」
と答えました。また、呪文のような注文も
他のお客さんの発注法を聞いて何とか注文。
目の前に置かれたラーメンを見て驚きが。
「これは本当に一人前なのか?」
今では二郎系ラーメンも珍しくありませんが、
当時の私にとってここまで大盛のラーメンは
完全に未知の世界でした。
野菜・チャーシュー・麺
とにかく量が多い。
何とか完食しましたが、最後は気力との戦いでした。
しかし、私の記憶に最も残っているのはラーメンではありません。
創業者である山田さんの強烈な存在感と、一緒に働いていた奥さんでした。
私の横に他の客と比べて明らかにラーメンの減りが遅い
頑張って汗をかきながら食べているスーツ姿のサラリーマンがいました。
すると奥さんがその人に向かって、
「頑張って、頑張って!」
と言いながらカウンターを叩いているのです。
今思えば「早く食べて席を空けてね」という意味だったのでしょう。
しかし、東京に出てきたばかりの田舎の学生だった私は、その光景を見て衝撃を受けました。
「東京というのは恐ろしいところだ……」
そう本気で思ったのを覚えています。
さらに驚いたのは待ち時間です。
当時の二郎は今ほどオペレーションが洗練されておらず、
並んでから食べ終わるまで2時間半近くかかりました。
今では信じられない話ですが、それでも皆が黙って並んでいました。
現在のラーメン二郎は、店舗ごとの差はあるものの、
オペレーションがかなり改善されています。10人以上並んでいても、
1時間以内で食べ終えられることも珍しくありません。
時代の変化を感じます。
経営コンサルタントという仕事柄、つい店舗運営や回転率に目が行ってしまいますが、
あの頃の二郎には効率化では説明できない独特の魅力がありました。
そして今でも、三田本店の前を通ると、汗だくで「大」と格闘した学生時代と、
「東京は恐ろしいところだ」と感じたあの日のことを思い出します。
たまには経営の話から離れて、そんな昔話を書くのも悪くないものですね。
